海軍の街へ

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海軍さんの街「佐世保」へ行ってきた
三連休 チョー暇で悪かったな  
今回は完全プライベート おっさん一人旅や


特急みどり5号 博多 09時31分発 佐世保 11時25分着

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博多はあいにくの雨模様
でも、佐世保は晴れていることを確認済み


ハウステンボス号と連結して「早岐駅 ( はいき ) 」まで一緒に運行される
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「特急みどり」の車内
九州の車両らしく 木製部品が多い

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二時間弱の旅程
平地をトコトコ走る感じの のんびり旅
先日の「やくも」とは違う
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「武雄温泉駅 ( たけおおんせん ) 」

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http://www.takeo-kk.net/rekisi.html

佐賀県武雄市にある知る人ぞ知る温泉
その歴史は肥前風土記に登場するほど古く、神功皇后も入浴されたと伝えられるほど
文禄・慶長の役の際には、名護屋城に集められた多数の兵士が武雄温泉を訪れたが、
その兵士に対し、他の入浴客に迷惑をかけないようにと、豊臣秀吉が示した
朱印状「入浴心得」まで 残されており、江戸時代には、宮本武蔵や シーボルト、
伊達政宗や伊能忠敬などが入浴した記録も残っているという
そんじょそこらの温泉とは歴史が違う

っと 偉そうにノー書きをたれたが まだ行ったことがない

特急みどりで博多から一時間ちょっとか 次回は行ったるぜ

武雄温泉駅には「長崎新幹線 ( 仮称 ) 」が通ることになっている
早よ行かないと 関西のおばちゃんたちに荒らされちゃうかもね





「有田駅」
日本人で知らない人はいないであろう「陶磁器 有田焼」の産地
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窯元の煙突が見えて風情は抜群

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でも オイラは「器」とかには全く興味がない





「早岐駅」で連結していた「ハウステンボス号」を切り離す
スイッチバックして次は目的の終点駅「佐世保駅」へ
約10分で到着するので 座席の向き変えは行わない

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駅舎はよく見かける最近のデザイン
「門司港駅」までとは言わないけど もう少し趣があったらねぇ

これぢゃ 北千住駅と変わらないな
2001年の新築
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「日本最西端駅」
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これはあくまでJRグループにとっての最西端

ホントの最西端は「たびら平戸口駅」 ( 長崎県 )
第三セクターの「松浦鉄道」の駅

うんっ ?  と思っていたら 現在では 「沖縄都市モノレール線」の
「那覇空港駅」が最西端らしい
  まぁ こっちはモノレールだけど .....





【 コンコースのオブジェ 】


その1.「佐世保喧嘩独楽」

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その2.「貧乏が去る像」 はぁ ?

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ノーコメントです





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「長崎県」って感じだね

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クリスマスシーズンになった
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佐世保港側へ

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後ろに見える建物は 海上自衛隊の施設
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ふふっ
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いかん 寄り道せずに本日の目的を果たさねば




佐世保の秋

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寄り道やめよう




米軍がブイブイ言わしているぞ
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さぁ 本日の目的地へ
ここのために 佐世保に来た

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海上自衛隊佐世保史料館(愛称はセイルタワー)
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かつての帝国海軍、佐世保鎮守府、現在の海上自衛隊佐世保地方総監部のそばにある
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ここは帝国海軍・佐世保鎮守府時代から海上自衛隊にいたる
現在までの膨大な資料を収蔵し、そのうち約1,300点を常設展示している
多数の映像や写真、模型、貴重な資料によって、
旧海軍、自衛隊の変遷を知ることができる
丸一日いても飽きることはない


ただの田舎漁村だった佐世保が良港のポテンシャルを秘めていると気づき
最初に視察、測量に訪れたのが東郷平八郎少佐だったことを示す資料や、
当時の佐世保の田舎ぶりを示す写真まであって退屈することがない


って オイラだけ ??




佐世保港はまさに軍港

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水深が深く、外海との出入り口がひとつしかなく
軍港としてはうってつけ
ただし現在は その約8割は米軍による制限水域になっている
( 米海軍第七艦隊の基地 )


史料館は日本人なら入場料は無料
ただし 左巻きの人は知らぬ間に営倉にぶちこまれるかも
少し反省した方がいいね
ひひっ


あっ 館内は撮影禁止ね
とっつかまったら 怖いぞ
館内の係員はみんな退役軍人 (たぶん)



総選挙前に自民党安倍晋三総裁が「自衛隊」を「国防軍」
呼び名を変えようと言っているけど
もう普通に「海軍」「陸軍」「空軍」「海兵隊」で良いのでは ?

海外 ( 近隣のキチ○イ国は除く ) から見たら、今や その統制力・予算・装備
から見て 立派な軍隊
グローバルスタンダードの観点からも名称変更すべき


あっ 個人的意見ね



先月から このブログはコメントが投稿できないようにした
(もともとオイラが承認しないと一般には見えないように設定してあったけど)


なんかよくわからん方からご指導・ご指摘をいただく
知らない方から 考え方の違いを指摘されてもねぇ

ずーと無視していたけど うっとうしいので投稿禁止にした

お互い匿名で議論しても仕方ないでしょ


他でやってちょうだい





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佐世保駅まで戻って 遅い昼メシ

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今日は「ちゃんぽん」ではなく
「海軍さんのビーフシチュー」やっ

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当時 ( 明治時代 ) のレシピのまんま
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わくわく
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ビーフシチューを日本風にアレンジしたのが「肉じゃが」
「肉じゃが」や「カレーライス」がおふくろの味となったのは 海軍さまのお蔭だよ

明日からカレーライス食べるときは 佐世保に向かって敬礼しなければならない



「肉じゃが」について ~ Wikipediaから引用

明治時代に、ビーフシチューのレシピを元にして日本海軍で作られた物が起源とされる。栄養価が高く、栄養バランスもよく、またカレーライスと同じ素材を使うために補給の都合がよく、水兵の食事として全国的に導入された。

1870年(明治3年)から1878年(明治11年)までイギリスのポーツマス市に留学していた東郷平八郎が留学先で食べたビーフシチューの味を非常に気に入り、日本へ帰国後、艦上食として作らせようとした。しかし、ワインもドミグラスソースも無く、そもそも命じられた料理長はビーフシチューなど知らず、東郷の話からイメージして醤油と砂糖を使って作ったのが始まりと言われている。
しかし、当時の日本では既にビーフシチューやその変形であるハヤシライスが洋食屋での一般的メニューであったこと、また、牛肉を醤油と砂糖で煮るのは牛鍋や牛肉の大和煮と同様の手法であることなどから、この説を脚色されたものとする意見もある。

ビーフカレーと材料が同じ料理という事で海軍食として非常に都合が良く(補給の際の物資の種類を制限できる)定着した。ただし牛肉やじゃがいもという当時の日本人には馴染みの薄い食材を使うせいか、一般社会の食卓には定着しなかった(牛鍋は外食、牛肉の大和煮は缶詰料理であり、ともに家庭料理ではない)。肉じゃがが戦後の空白の時代を経て家庭食として再登場するのは1960年代であり、また実際に定番メニューとして定着したのは早くても1970年代とされている。今では「おふくろの味」の代名詞として家庭料理の代表作と呼ばれるまでになっている。この流れはカレーライスの普及と時を同じくしており、食材の牛肉とじゃがいもが日本の家庭に定着するのと軌を一にしている。当時は「甘煮」として人気を博した。






ライスとみそ汁付きのビーフシチューやっ
どうだ まいったか
イギリス人もびっくり
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肉もトロトロでやらかくて美味しいけど 味が濃厚すぎて
メシがすすむ って感じ
ほとんど「ハヤシライス」状態

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これはフツーのビーフシチューではありません
海軍さんのビーフシチュー」という ゴハンのおかずです
これなら 納得 !!


でも美味しかったよ  これで1,000円と爆安







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帰りも「特急みどり」
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足ピース
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とりあえずっ




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