「マッカーサーの告白」















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ここ最近の単身生活




最近変わったこと


・社宅メシを全く食べなくなった

 二日前までに予約するルール ~これがめんどくさい 泊まり出張が多いので管理が大変
 食べなかった場合は廃棄される 別にお金を取られるのは惜しくないけど
 せっかく作ってくれたのに捨てられるのは申し訳ない

 朝ぐらいは食べたいけど 食堂は06:20から オイラが社宅を出る時間は06:30なので
 食べる時間は10分程度しかない 慌ただしくてヤメタ

 よって朝は豆乳か青汁飲むだけにしている 

 
 んっ ? 夜はご存じのとおり「懇親会」という名の外食やっ 







・洗濯モノを畳まなくなった

 これは単にだらしなくなった ということやな

 もちろんアイロンがけもゼロ  アイロンは博多→夙川への引越し時に捨てた






・テレビを観なくなった

 あらゆる家電や家具はあらかじめ設置されている夙川寮だけど
 なせがテレビだけがない

 テレビは自分で用意してちょ ということなのだが  オイラは買っていない

 東京に持って帰っても置くところないし すでに二台あるもんなぁ

 部屋でじっとしていることもほとんどないし 観たい番組があったら
 食堂に行けば でっかいテレビもあるのでさほど不便は感じていない

 「タモリ倶楽部」と「ガキの使い」は毎週自宅のデッキで録画しておいて
 帰京時にまとめて観ている
 録画だとコマーシャルをすっ飛ばせるので 捗るぞっ 

 ネットで夙川のパソコンと東京のデッキを繋いで 番組予約を遠隔操作するっ
 なんちゅう 便利な世の中なのだろう 














いい天気で 洗濯物がパリっと乾く 

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短時間で乾くのって いい気分 

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って 完全に主婦の感覚やなっ 

















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電気髭剃り機 (シェーバー) の替刃を買った



オイラはずっとブラウンの製品を使い続けている

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上は出張時に必ず持参するシェーバー
2年以上使ったので さすがに剃り味が悪くなったので 同じ機種を買い足した

ホントは替刃の交換にしたいけど この機種は替刃が売っていない
まぁ 替刃の値段と同じだもんね 単三乾電池専用なのがお気に入り



下は部屋に置いてあるシェーバー
この機種は1年8ヶ月ごとに交換する 
店頭だと5千円以上するけど並行輸入品だとこの値段 もちろん何の問題もない
純正品なのであたりまえだが



このブラウンのシリーズ7 って最高 

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ちょっとお高いし 定期的に洗浄液や替刃を買っていかなくてはならないし
何と言っても場所をとる というデメリットはあるが


とにかく剃り味が感動モンっ 

オイラみたいにあまりヒゲが濃くないヒトには好評の機種
アルコール洗浄もできて いつも綺麗にしておけるのも好きっ 

お肌が赤ちゃん並みにデリケートなオイラにはぴったりやっ











ついでに来年の手帳も注文

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ここ数年使い続けている「ほぼ日手帳 WEEKS」

http://www.1101.com/store/techo/







革カバーはオイラの自作やっ 

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出張と懇親会で ぎっしぎし 

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昔は「Palm」という電子手帳を使っていたこともあった

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電子手帳ってデータ化できるので 加工したり修正するのには便利だけど
やっぱり自分の手で書くモノにはかなわない

ぱっと見た時に データ化されたものはどれも均一に見えてしまう
確かに整理されて 綺麗で見やすいけど

手で書いたものは まず見るべきモノとどーでもいいモノの差が瞬間的に分かる

記録として残すなら電子データが最適だけど ~特に後になって検索するときは超便利 
ぱっと書きやぱっと見は やっぱ手書きだね 


電子手帳の開発も止まっているようだし 手書き手帳が復活しているのもよく分かる 





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名機 Palm m100

















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また懲りずに「松江」に行ってきた





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新神戸駅 茶店のホットサンド

ホットサンドって美味いよね 












ボロボロの車体

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雑巾くさい がぴったり 










ムリな改造を施したので 座席レイアウトもムチヤクチャ

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特急やくも 最後尾からのビ○ボー臭い車窓

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松江駅で

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4時間 5時間で もっと近くになったとは 

僻地・辺境の時間軸がよく分かってもらえると思ふ 











うーんっ

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ものすごく分かりにくい と思うのはオイラだけかい ???
松江市民って暗算が得意なんだろうなぁ 









「二輪のもの」 って何 

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オートバイ 原付、自転車だけぢゃないよ








ここ松江では

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この「大八車」も二輪のモノやっ   もちろん松江では現役だよっ

















懇親会会場
「巴庵 ともえあん」  http://matsue-tomoean.jp/

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まだ暑いけど 鍋を

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ご存じ 「赤天」

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島根牛のあぶり

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若者たちには 「島根牛の牛丼」

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ぜいたくやなぁ 

















改装中の 新天地前で  ~ 戦後ドサクサの残滓

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うーんっ ほんとにこのハラ どうにかしなければっ 

















なーんて 少し気にしたけど 気分直して二次会やっ 

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ひらめ

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定番の あご焼き

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トビウオのちくわ











本日 二回目の「赤天」

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こっちの店のほうが美味かった 












地元のカッペから勧められた らっきょう

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らっきょう に美味いも不味いもないだろっ 










「海苔」

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海苔で酒を飲むとか  

あまりにもビ○ボー臭すぎて 笑いさえこみ上げてくる 



島根県 ばんざいっ 


















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「マッカーサーの告白」




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日本の皆さん、先の大戦はアメリカが悪かったのです。日本は何も悪くありません。日本は自衛戦争をしたのです。
イギリスのチャーチルに頼まれて、対ドイツ参戦の口実として、日本を対米戦争に追い込んだのです。アメリカは日本を戦争に誘い込むためにイジメにイジメぬきました。そして最後通牒としてハルノートを突き付けました。

中国大陸から出て行けだの、石油を輸入させないなど、アメリカに何の権利があったというのでしょう。当時、アジアのほとんどの国が白人の植民地でした。白人はよくて日本人は許さなかったのです。ハルノートのことは、私もアメリカの国民も知りませんでした。

あんな物を突き付けられたら、どんな小さな国でも戦争に立ち上がるでしょう。戦争になれば圧倒的な武力でアメリカが勝つことは戦う前から分かっていました。我々は戦後、日本が二度と白人支配の脅威とならないよう周到な計画を建てました。アメリカは知っていたのです。国を弱体化する一番の方法はその国から自信と誇りを奪い、歴史を捏造することだと。

戦後アメリカはそれを忠実に実行していきました。日本がアジアを白人の植民地から解放しようとしたという本当の理由を隠すため大東亜戦争という名称を禁止し代わりに太平洋戦争という名称を使わせました。

東京裁判はお芝居だったのです。アメリカが作った憲法を日本に押し付け、戦争ができない国にしました。公職追放をしてまともな日本人を追い払い、代わりに反日的な左翼分子を大学など要職にばら撒きました。
その教え子たちが今マスコミ・政界などで反日活動をしているのです。

徹底的に検閲を行い、アメリカにとって都合の悪い情報は日本国民に知らせないようにしました。ラジオ・テレビを使って戦前の日本は悪い国だった、戦争に負けて良かったのだと日本国民を騙しました。これらの政策が功を奏し今に至るまで独立国として自立できない状態が続いているのです。(※註:1951年の時点で正気に帰ったマッカーサーが、この今に続く問題を憂いている)

私は反省しています。自虐史観を持つべきは、日本ではなくアメリカなのです。戦争終結に不必要な原子爆弾を二つも使って何十万人という民間人を虐殺しました。最後に私が生きていた時の証言を記して謝罪の言葉としたいと思います。

「私は日本について誤解をしていました。日本の戦争の目的は侵略ではなく自衛のためだったのです。太平洋において米国が過去百年間に犯した最大の過ちは、共産主義を中国において強大にさせたことでした。東京裁判は誤りだったのです。

日本は八千万人に近い膨大な人口を抱え、その半分が農業人口で、あとの半分が工業生産に従事していました。潜在的に、日本の擁する労働力は量的にも質的にも、私がこれまで接した何れにも劣らぬ優秀なものです。
歴史上のどの時点においてか、日本の労働力は人間が怠けているときよりも働き、生産している時の方が幸福なのだということ、つまり労働の尊厳と呼んでよいようなものを発見していたのです。

これまで巨大な労働力を持っているということは、彼らには何か働くための材料が必要だという事を意味します。彼らは工場を建設し、労働力を有していました。しかし彼らには手を加えるべき材料を得ることができませんでした。

日本原産の動植物は、蚕を除いてほとんどないも同然でした。綿がない、羊毛がない、石油の産出がない。錫がない、ゴムがない、他にもないものばかりでした。その全てがアジアの海域に存在したのです。
もしこれらの原料の供給を絶ちきられたら一千万から一千二百万の失業者が日本に発生するであろうことを彼らは恐れたのです。
したがって日本が戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障の必要に迫られてのことだったのです」



アメリカ上院軍事外交合同委員会の公聴会にて
1951年5月3日
ダグラス・マッカーサー










当時 日本では全く報道されなかった


事実は事実として  受け止め方はそれぞれ自由に





















とりあえずっ